死のはじめに冥く
1411 words(6min read)
初鳥×セオドア『ぜんぶ嘘になる』再録 短編が4つあるうちの1つめ。
2024/11/2 13:51
⚠️DLC前に書いたものなので現在わかっている公式の設定と異なる部分がある場合があります。ご承知おきください。
少し人に見られたくない用事の為にある特殊な通路を使って下の階に向かっていると、ドラム缶の陰で知人が大の字になり死にかけていた。
こんなものは出来の悪いミステリ小説の書き出しにもならないのだが、残念なことに目の前で起こってしまっていた。驚きよりも、こんな場所でもか、という呆れが先行して出てきた。彼にはよくあることだ、無視していい。私の心境の大部分はそう主張していた。
真に虚空を見つめている開きっぱなしの赤い瞳。手の内にはくしゃくしゃになった薬包紙。すぐそばには白い粉末が散らばっている。水を用意する心的余裕すら無かったのだろうか。致死量の一歩手前でくたばっているのだから、概ねそうなのだろう。
少々考えて私は屈み込み、粉末をつまんで手袋に包まれた彼の指先に乗せた。その手ごと、だらしなく開かれた赤い口内に突っ込む。ぺちょり、とあまり快くない音がした。 途端、黒ずくめの身体にがくがくと痙攣が走る。その振動は掴んだ手首を通じて私にも伝わってきた。つい離したくなるが、一応、死んでいくのだ。自分はそれを幇助(ほうじょ)したわけでもあるし、震えが収まるまでそのままの体勢を保ち続けた。
私は思わず溜息をつきそうになる。嫌な感触だ。すぐに無意味なものとなるのに。こんなことをしているのは無間の死への建前上の敬意か、それとも憐れみによるものか。後者だとは、思いたくなかった。 そんなことを考えていると、突然手の感触が消えた。ひとつの瞬きの後に、黒い身体は自分のほぼ真横に仰向けに転がっていた。終わったのだ。私は立ち上がる。
「セオドア、聞こえるかい」
返事はない。否、そのまぶたは開け放されている。
「それは劇薬だろう。せめてもう少し、然るべき環境で使ってくれ」
できれば、私の目に届かないような。しかし事情のわかっている私が出くわしたことは、私以外の者には幸運だったのかもしれない。おそらくは彼にとっても。
「ああ…………苦しかった」
ちょっとした昼寝から覚めたような口調でセオドアはつぶやいた。口元にどうしようもなく引き攣れた笑みを連れて。
「すみやかな死をありがとう。初鳥」
「私は、礼を言われるようなことはしていない」
それだけ言って私は立ち去った。灰色の扉を抜ける。最後にセオドアの顔を見た瞬間、自分でも意外なぐらいにずし、と胸が重くなった。それを、彼には悟られたくなかった。それとも、とっくに見通しているのかもしれない。あの眼は。
「おはよう!」
数日後、別の廊下でセオドアに爽やかな挨拶を投げかけられた。私はわずかに暗い気持ちになる。彼が表面上明るいとき、それはまた、やったということだ。
「ゆうべは、どう死んだの」
「ええと、」
私は言ってしまったことをたちまち悔やんだ。このどぶのように濁った眼が、見たいわけでは全くないのに。よく、彼と私は似たような赤い瞳だと言われる。それは違う。ぜんぜん、違うのだ。
「やっぱり言わなくていいよ」
「珍しい。君が人の話を遮るなんて」
こうして水を差せば、すぐに軽口を添えたいつもの表情に戻る。
いや、私からしてみれば、両方"いつも"のセオドアなのだが。
そうして彼は何事もないかのようにすたすたと脇をすり抜けて去っていった。私はその背中をただぼんやりと見送る。
彼の新しい死が、またはじまるのだ。
了