おやすみからおはようまで
3120 words(14min read)
リクエストいただいた今村×寺島です
2020/3/8 00:00
※資料集の記述をもとにしています
※前半にやたら重い捏造あります
親があやしい宗教にハマっていたので昔から友達などいた試しがなかった。
小学校の時はクラスの誰からも話しかけられなかった。学校では授業中も休み時間も机につっぷして寝ていた。朝礼の時なんかは先生にいくら小突かれても起きないので、結局ひとり列から外れた壁際で校長の話を聞いていた。
毎日とても眠かった。
夜中はふすまの向こうで母親がぶつぶつつぶやくお祈りで、家じゃろくに寝つけなかった。後でわかったことだが、これは教えで義務づけられたものでもなんでもなく、母親による全くの自己流の祈りらしかった。それほど、母親は信仰に熱心だった。
休日はしょっちゅう山奥にある本部(すでに本部ではなかったようだが、母親はそう呼んでいた)に連れていかれて、一日中聖書の勉強をしたり、長い説教を聞いたりしていた。この時は絶対寝てはいけなかったので、死ぬ思いで目を開き続けた。やがて目を開けたままでも寝る能力を身につけた。
中学校もだいたいおなじ感じ。三者面談で担任が、これほど生活に支障が出る眠気だからいちど病院で診たほうがいいのでは、と切り出したことがあった。母親は穏やかに笑い、ずっと前から、治るようにしかるべき対策はとってますので、と返した。俺の眠り癖に関する話はそれきりになった。面談の帰りに、母親は俺にささやいた。
「大丈夫よ。その眠いのも、初鳥様の細胞をいただければ、すぐに健康になるんだからね。一緒にお祈り頑張ろうね」
言葉は温かかったけど、サイボウ、という単語が何を意味しているのかわからず、俺は背中が寒くなった。まあ今でも深く知ろうとも思わないが。
高校に上がってからはひたすらバイトをした。これにはメリットがふたつあった。ひとつは週末もバイトで埋めまくった結果、山奥の宗教施設に連れていかれることはなくなったこと。もうひとつは労働で疲れ果てた体なら、夜中に何があろうがマシな睡眠ができていたこと。 けど学校では相変わらずっと寝ていた。
バイト先に好きな人がいた。俺よりふたつ上で、垂れ目で、口もとに小さなほくろがあって、ふんわりしたセミロングからは常にいい匂いがした。シフトが重なった日に一緒に帰れないか声をかけてみたり、そのたびさらりと断られたり。それで心にボディブロー級のダメージを受けたり、かわいい人だし、そううまくはいかないよな、と思い直したり。こういう落ち込んだときでもノータイムで寝れるところは自分の長所だと思った。なんだかんだ、このときは充実してた。
客の少なかったある日、いつものように放課後から控室に直行し、さあシフトまでひと眠りするかとパイプ椅子に腰かけた。するとその人が、バイト友達とレジでしゃべっているのが聞こえてきた。
「……で、寺島君はさあ、最近どうなの?」
「うん、しつこい。」
「もうはっきり言えばいいじゃん。」
「うん。でも、やっぱ怖いよ。」
「あー。」
「ちょっとでも話したら、隙を見て勧誘されるかもしれないし」
「アハハ。それあるかもだよ。」
「それにシフト始まる前も、休憩時間中も、ずーっと寝てるって○○君に聞いた。」
「えーっ。」
「しかも時々目開けたまま寝てるって。」
「こわ。夜なにやってるんだろね。」
「なんか、やってるんじゃない。サバトみたいな。」
「何それ、アハハ。」
俺は立ち上がって控室を出て、そのままシフトをバックれた。翌日店長にめちゃくちゃ怒られたので、すぐにそこのバイトを辞めた。
以来、俺は四六時中何をやっても眠い。
高校を出た後は特になんの目標もなかったため、実家暮らしでフリーターをだらだらと続けた。眠り癖はますますひどくなり、皿を運びながら寝るときもあるため、ひとつの場所では長く続かない。
そんな生活が数年続いたあるとき、母親から至高天研究所で事務職員の採用をしていると聞いた。なんとなく足を運んだらトントン拍子で話が進み、コネによる正規雇用が決まった。あとは現在に至る。
ここまで話すと、俺の人生はこの宗教のせいでロクなものじゃないのに、なぜその本拠地で働くことにしたのか、と誰かが疑問に思うかもしれない(そんな質問をされたことは一度もないが)。上京でもして親から逃げるとか考えなかったのか、とか。それとも一転信仰に目覚めて治療を望んでいるのか、あるいは怒りによる団体改革にでも乗り出す気なのか、とか。などなど。
とんでもない。そんな立派な大志は抱いちゃいない。
けど、ほんとなんでなんだろうな、と自分でも思う。何考えてんだろ、俺。たぶん何も考えてない。
唯一言えるのは、俺にはその理由を探す時間も気力もない、ということだ。そんな暇があったらすぐ寝る。これは間違いない。 眠いのだ。毎日ひたすら、ただただ眠い。人生通して、思うところはこれのみだ。
「……おやすみ。」 小さな声に、聞いてはいけないものを聞いてしまった気がして突っ伏したまま身体が固まった。
休憩時間中の休憩室で眠れない、という極めてめずらしい事態に直面し、入眠姿勢のままろくでもない回想に思考回路を走らせていた俺に対して膝掛けと共に降ってきたのが今の声だ。
入口のほうへ遠ざかる足音を追って、おそるおそる視線を向けてみる。
やはり今村だ。今村は普段通りの足取りで部屋を出るところだった。そりゃそうだよ。うん。
しかしつい目で追いたくなっちゃう声音だった、さっきのは。
ガン見していると、ドアノブに手をかける直前、横目でこちらを見た今村とばっちり目が合ってしまった。
あ、と喉から漏れた声は、ツカツカ歩いてくる向こうの剣幕にかき消されてしまった。
「おま、……おッ……!起きたんだな!?」すごい勢いだ。
「まあ……うん」
「じゃあ!えと、えー……」言葉の続きがしばし宙に浮く。「そう!ちょっと下でさばいてる案件の量が急に増えたから、手を貸してくれ」
「いいけど、俺いま休憩入ったばっかなんだけど」
「終わるめどがついたら適当に抜けていいから!」
今村はそう言うと今度こそ部屋を出た。
そういえば、こいつはなんでここ 至高天研究所にいるのかな。
ずんずんと廊下を進む背中を追いながら、そんなことが浮かぶ。
俺と今村は同じタイミングでここに入って、同い年だったのでなんとなく仲良くなった。けど俺と違って親がらみでここに関わってるわけではないらしい。聞いただけの所感では、今村んとこの家庭環境はまともそうに思えるし。四人兄弟の長男だからってこんなところで食い扶持を稼がなくてもいいんじゃないか、と思う。
けど、向こうが話し出さない限りクソみたいな詮索にすぎないし、聞き出すつもりもないので本当に余計な思考だけど。俺も話すつもりないし。ああでも、こいつに聞かれたら話すかもしれないな。日ごろ迷惑かけてるし。
「そうだ、忘れそうになってた。」
ピタ、と止まった今村の背中につんのめりそうになる。
くるりと振り返ってこちらを見つめる、大きな眼。
「おはよう。」
「お、おう……おはよう。」
俺がもごもご答えると、今村はまた向こうをむいて歩きはじめた。しかしさっきより若干スピードが速いかもしれない。くせのある黒髪が揺れる、その下は。
(いや、耳、めっちゃ赤いし……)
俺も赤いかもしんないけど。けど、そうか。おやすみ。そんで、おはよう、か。
なぜだか、ここにいる理由が見つかったかもしれなかった。
俺は自分の耳をつまんでちょっとにやけた。それから今村の隣に追いつくよう、小走りになった。
了