Hasta La Vista | 黄金のコイントス
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黄金のコイントス

2046 words(9min read)

なぜかモブ達のオムニバス視点で進んでいく初宇津  2018年に書いたのをPrivetterから移植しました。

2018/8/30 00:00

<研究員A〉

「はい、貴方様の仰る通りに」

  その声だけで、いつもと同じ調子でひざまずく大司教の姿まで目に浮かぶようだった。私は何食わぬ顔で書類を抱えて部屋の前を通り過ぎた。気持ち悪い。そのような態度を表に出してはいけない。それは社会常識以前に、本気で彼に消されかねないからだ。現に職場では何人か不自然にいなくなっている。  開祖様はほんとうに美しい。あの人に身も心も捧げたくなる気持ちは、正直言ったら、わかる。そのうえ未知の万能細胞をも持っているのだ。あの人と大司教は若い頃からの知り合いだったと聞いたことがあるけど、将来も定まらないうちにあんな人に出会ってしまったら、たとえ男でも心酔してしまうのも無理はないのかもしれない。

〈事務員B〉

「どうか導きの星として、私たちをお見守りください」

 初鳥様は黙っている。やっぱりそのほうが風格が出て、開祖らしいから?それとも素なのかしら。そんなワケないわよね。あんな仰仰しいセリフ、面と言われて真顔でいられるのが才能よ。もしかしたら寝てるの?あ、頷いた。なんてミステリアス。初鳥様もプライベートでは宇津木様と一緒に飲んだり、騒いだりするのかしら。想像つかないわあ。  宇津木様ももったいぶった言い方がなければ顔もかっこよくて、タイプなんだけど。ま、宗教団体なんだもの、しかたないわ。そういえば清掃の人が言ってたこと、ほんとかしら。二人が実はデキてるって。だとしても宇津木様が一方的に初鳥様に言い寄って、フラれてるんじゃないかしら。普段の言動からあの熱のこもりようだし。かっこいいのに、ままならないのね。

〈上級職員C〉

「貴方様はただ、此処に居てくださればそれでよいのです」

 はっきり言って、宇津木様は異常だ。あの人は初鳥様を縛っている。でも誰も止められない。この研究所の実権を握っているのはあの人なのだから。たまに初鳥様のご友人が来て、宇津木様と言い争っているという。どうか頑張って、止めてほしいと願う。でももう無理なのかもしれない。  初鳥様は何も悪くないのだ。宇津木様の口車に乗って、操られているだけなのだ。研究が進めば進むほど、初鳥様の身も心も傷ついていく。そんなの、誰も望んじゃいない。宇津木様だってそのはずじゃないのか。ああ、やっぱり、おかしい。こんなはずでは。何かに縋ろうにも、縋った先が此処なのだから、後はただ身をゆだねて堕ちていくことしか残されていないのだ、私たちには。

〈清掃員D〉

「創、私は、あなたのために、」

見てしまった。あの大司教が跪いて、開祖様の手に口づけていた。部屋は西日で明るくて、切羽詰まった声音だった。別の階を担当してる人からも、前に聞いたことがあったけど、本当にあるなんて。 二人は噂通りの関係なのだろう。大司教が開祖様を縛り、開祖様はお優しいから身動きが取れないのだ。かわいそうな開祖様。もちろん私にはどうすることもできない。ドアが半開きになってるからいけないのだ。ああ、仕事に集中できそうもない。

「徳幸」

え。 開祖様と目が合った。嘘だ。私は前を通り過ぎたはずだ。なのに、彼はいつも閉ざしている目を開いている。色のないくちびるの端がつり上がったように見えた。 大司教は黙って立ち上がった。脚はびくとも動かなかった。私はただ、違うんです、と繰り返した。ドアが開いていたから。なぜ、ドアが開いていたのですか。それさえなければ。いや、もしかして。 あなたなノデスカ。赤い瞳を見つめ返す前に、体中が青い光に射抜かれた。


冷静にやれば、痕を残さず処理することができる。今回も成功した、と宇津木は息をついた。

「徳幸、殺してしまったのかい」

「私と創の時間を覗き見る輩は、こうなって然るべきですよ」

宇津木はなんでもない風に答えた。乱れた服を直して、彼の主人(あるじ)に向き直る。宇津木はいつものように、自分がやったのだから、彼はなんの罪も負っていないのだと心の中で確認した。

「また手を汚してしまったんだね」

初鳥は悲しそうに言った。まるで不幸な事故が起きたかのように。あらかじめ扉の隙間を作ったのが自分で、わざと彼女のほうに目をやり、彼に殺させたのが自分でも、初鳥はそのように悲しく言うことができた。 後戻りはできないね。初鳥がそう続けずとも、どこか身を硬くした宇津木には伝わっているだろう。初鳥はそっと宇津木の身体に触れた。相手を決して逃さないように。 司祭と奴隷は生け贄ひとつで簡単に立場が入れ替わる。彼らは縛りながら縛られ、服従しながら服従されていた。無辜の命を黄金の枝として、ふたりは主導権を委ねあいながら、空っぽの自分を求めながら堕ちていく。どちらが先に地の底に触れるのかは、まだわからない。


クリックであとがき  タイトルは『金枝篇』内の逸話をコイントスになぞらえたものです(?)。なにを言ってるのか私にもよくわかりません。6年経ってもまだ『金枝篇篇』読めてないし  コイントス=最後までどっちが下かわからない、なので初宇津表記ながらも左右不定嗜好ダダ漏れですね