とるにたらない話
1345 words(6min read)
2018年に書いたのをPrivetterから移植しました。
2018/11/9 00:00
銀紙に包まれた丸いチョコレートを白い指先が暴く。向かいに座る私はその動きを黙ってみていた。
「徳幸は食べないの」
「私は結構です」
「そう」
彼は短く答えると包み紙から手を離し、私の淹れたココアに口をつけた。これはもう私と創のお決まりのやりとりだ。すべては繰り返しだ。植物で編まれたかごにいくつか入れられた菓子たちを挟み、何度も行われたことだ。 チョコレートを食べたあと、創は丁寧に銀紙のしわを伸ばす。少しいびつな正方形になったそれを、今度半分にたたむ、また半分に。やがて折りきれないぐらい厚みを持ったら終わりだ。飽きられたそれはしばらくテーブルの上に置かれ、最後にまとめて捨てられる。今日もそのはずだった。 「ねえ。なにか作ってみてもらえるかい」
差し出された銀紙に少し驚いて、私は居ずまいを正した。
「というと、何か折ればいいのですか」
「何か折れるものはあるの」
なぜか少しこそばゆいような、そんな気持ちがして視線を滑らせる。
「……ありきたりなところでいうと、鶴、などでしょうか」
「じゃあ、それで。お願いできるかな」
「ええ、創がそう言うのなら、喜んで」
あまり自信はないものの、頷くよりなかった。 手にした小さな紙を前に、古い記憶を辿る。幼いころ何度か折ったことはある。しかしながら紙はもっと扱いやすい大きさであったし、うまくいくだろうか。 頭では逡巡しながらも、手は思いの外よどみなく動いていった。ひとつ折るごとに、爪でこすって、端までしっかりと折り目をつけていくのだ。思い出してきた。それがなんとなく、楽しいような、心がすっとするような思いがしていた。
「やっぱり、徳幸は器用だね」
上の方から声がして思わず身を引いた。鶴は、ほとんどできかけていた。あとはくちばしだけだった。
「すみません。少し、のめり込んでしまったようで」
腰を浮かせてしげしげと眺める創の手には、よく見るともう一枚のチョコレートの包み紙が(いつの間に二つ目を食べたのだろう)、よくわからない形に丸まっていた。目を合わせると、創は少しだけ憮然とした面持ちで腰を下ろした。そのとき微笑んでしまったのは、不躾だったかもしれない。
「創。私でよければ、折り方を」 それから、チョコレートを食べるときは私もひとつ食べて、ふたりで鳥を生みだす日々がしばらく続いた。
ぶかっこうな鶴は創の自室に次々と並べられた。中には私の作ったものも含まれていた。創がどうしても、といって持って行ってしまうのだった。 その数が両手の指を追い越しはじめた頃、私は、そんなものを飾らなくても、と彼に言った。いささかの照れもあった。創は窓ぎわに並べられ、鈍く乱反射する鳥たちをしばし眺めて、
「そうなんだ」
とだけ言った。だから私も、
「そうです」
と返した。創は、叱られた子どものようにかすかに項垂れたようだった。私は、きちんとした折り紙を用意しますと進言したが、創は黙って首を振った。 それから彼の部屋から鳥たちは消えた。銀紙はもはや創の手で玩ばれることはなくなり、すみやかに屑籠へ運ばれるようになった。
私も、あの日からチョコレートを食べていない。
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ディスコミュニケーションからのすれ違い大好きマン短いながらもフォロワーさんに褒めてもらった覚えがあるので個人的にもお気に入り。